メジャーリーグのレジェンド、テッド・ウイリアムズ

テッド・ウイリアムズ

長きに渡るメジャーリーグの歴史の中で、シーズンで規定打席に到達し打率4割を達成した打者は8人しかいません。その1人が1941年に打率4割6厘をマークしたテッド・ウイリアムズです。23歳の若さで達成し、彼以降に打率4割を達成した選手はいません。

打率ばかりでなくパワーも兼ね備え、1942年と1947年に三冠王に輝いています。第二次世界大戦と朝鮮戦争に従軍しながら、生涯打率3割4分4厘、本塁打521を記録し、これはボストン・レッドソックスのフランチャイズレコードになっています。

1966年にアメリカ野球殿堂入りした彼は、メジャーリーグのみならず日本のプロ野球にも大いなる影響を与えました。野村克也さんは打撃不振に陥っているときに彼の著書を読み、投手の癖を研究するアプローチを身に着けました。
王貞治さんに対する「王シフト」と呼ばれる極端な守備隊形は、クリーブランド・インディアンスがウイリアムズに対して敷いた守備隊形が基となっています。テッド・ウイリアムズは2002年に「次の4割打者は誰がなる」という質問に対しイチローの名前を挙げ、同年83年の生涯を終えました。

メジャーリーグのパワー

 

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